東京地方裁判所 昭和53年(ワ)12910号 判決 1981年10月26日
原告
松長晃弘
被告
李聖福
主文
1 被告は、原告に対し、別紙特許権目録記載の特許権について、別紙登録目録記載の各特許権一部取得登録の各抹消登録手続をせよ。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第1当事者の求めた裁判
1 請求の趣旨
主文同旨
2 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第2当事者の主張
1 請求の原因
1 原告は、別紙特許権目録記載の各特許権(以下、「本件各特許権」という。)について、それぞれ特許権設定登録を受けた。
2 本件各特許権の各登録原簿甲区2番には、被告を共有者とする別紙登録目録記載の特許権一部取得登録(以下、「本件一部取得登録」という。)の記載がある。
3 よつて、原告は、被告に対し、本件各特許権について、本件一部取得登録の抹消登録手続を求める。
2 請求の原因に対する認否
請求の原因1及び2の事実は認める。
3 抗弁
被告は、原告との間で、昭和52年7月30日に、別紙契約目録記載の契約条項が記載された「特許共有権確定契約書」と題する契約書(以下、「本件契約書」という。)により、本件各特許権の2分の1を譲り受ける旨の契約(以下、「本件契約」という。)を締結した。
4 抗弁に対する認否
否認する。
5 再抗弁
仮に、本件契約が締結されたとしても
1 原告と被告は、本件契約において、被告が原告に対し直ちに3,000万円を支払うことを停止条件とする旨を約した。
2 本件契約においては、被告は、原告に対し、本件各特許権の2分の1を譲り受ける対価として、直ちに3,000万円を支払うことになつていたところ、被告は右金員の支払をしなかつたので、原告と被告は、昭和52年8月6日頃合意により本件契約を解除した。
3 本件契約締結時、被告には本件各特許権の2分の1を譲り受ける対価として直ちに3,000万円を支払う意思がなかつたにもかかわらず、原告は右支払がなされるものと誤信して本件契約を締結したものであるから、原告の本件契約締結の意思表示は、その重要な部分に錯誤があり無効である。
6 再抗弁に対する被告の認否
1 再抗弁1については否認する。
2 同2については、被告が原告に対して3,000万円の支払をしなかつた点は認めるが、その余の事実は否認する。右金員の支払については、原被告間において、本件契約の締結時より10年間とする、との合意ができており、昭和52年8月8日には右趣旨の覚書(乙第3号証)を作成しているのであつて、契約成立後直ちに3,000万円を支払うという約束をした事実はない。また、被告は、右同日に、本件契約に基づく事業遂行のため原告と共に渡米したのであつて、本件契約を渡米前に合意解除するはずはない。
3 同3については否認する。
第3証拠関係
1 原告
1 甲第1ないし第4号証、第5号証の1ないし4(1及び3は、いずれも偽造文書)、第6号証の1ないし4(2は偽造文書)、第7号証の1ないし4(2は偽造文書)、第8号証の1ないし3、第9号証の1ないし5(2及び4は、いずれも偽造文書)、第10号証、第11号証の1・2、第12号証ないし第16号証
2 証人秋田志津満、原告本人
3 乙第5、第6号証、第10号証、第11号証の1ないし4、第12号証の1・2の成立は認める。第7ないし第9号証、第13号証、第14号証の1ないし4、第15号証の1ないし3、第16号証の成立は不知。その余の乙号各証の成立は否認する(但し、第1号証の1ないし3の官公署作成部分及び第17号証の1ないし3のうち、「松長晃弘」の丸印の印影が原告の印章により顕出されたものであることは認める。)。
2 被告
1 乙第1、第2号証の各1ないし3、第3ないし第10号証、第11号証の1ないし4、第12号証の1・2、第13号証、第14号証の1ないし4、第15号証の1ないし3、第16号証、第17号証の1ないし3
2 被告本人
3 甲第12ないし第16号証の成立は不知。その余の甲号各証の成立(第4号証、第5ないし第7号証の各1ないし4、第9号証の1ないし5、第11号証の1・2については原本の存在についても)は認める。なお、第5号証の1・3、第6号証の2、第7号証の2、第9号証の2・4が偽造文書であることは否認。
理由
1 原告が、本件各特許権について、それぞれ特許権設定登録を受けたこと、本件各特許権の各登録原簿甲区2番に、被告を共有者とする本件一部取得登録がなされていることは、当事者間に争いがない。
2 そこで、被告の抗弁について判断する。
原告及び被告の各本人尋問の結果並びにこれらによつて真正に作成されたものと認められる乙第1号証の1ないし3(但し、「金昇永」の印影部分及び2の「松長」の印影部分は除く)を総合すれば、被告は、原告との間で、昭和52年7月30日に、本件契約書により本件契約を締結したことが認められる。
原告本人尋問の結果中には、本件各特許権の3分の1を譲渡する旨が記載された契約書に押印したことはあるが、2分の1を譲渡する旨が記載された契約書に押印したことはなく、したがつて、本件契約を締結した事実はない旨の供述があり、また、前掲乙第1号証の1ないし3の各契約書の1枚目表側には契印が施されていることが認められることからすれば、右各契約書の1枚目表側には、更に何らかの書面が綴られていたことは推認しうるが、右事実をもつてしても前記認定を左右することはできず、他に前記認定を左右するに足る証拠はない。
よつて、被告の抗弁は理由がある。
3 次に、被告の再抗弁について判断する。
1 再抗弁1(停止条件の主張)について
前記2で認定した本件契約書の契約条項を検討するも、本件契約において、被告が原告に対して契約締結後直ちに3,000万円を支払うことを停止条件とする旨約したことは認められず、他に原告の右主張を認めるに足る証拠はない。
よつて、その余の事実について判断するまでもなく、原告の右主張は理由がない。
2 同2(合意解除の主張)について
(1) 前掲乙第1号証の1ないし3、原本の存在及び成立について争いのない甲第6、第7号証の各1、成立について争いのない乙第5、第6号証、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき甲第5号証の1の受付印、登録済印部分、原告及び被告の各本人尋問の結果により真正に作成されたものそ認められる甲第5号証の1のその余の部分、乙第2号証の1ないし3、第17号証の1ないし3(但し、いずれも「金昇永」の印影部分は除く。)、証人秋田志津満の証言、前掲各本人尋問の結果、本件口頭弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。
(1) 原告は、昭和52年3月末、アメリカから帰国して、ピーナツ・パウダーの売込みをはかつていたが、売込みは必ずしも成功せず、金銭的にも窮する状態となつていた同年7月初め頃、顔見知り程度の知り合いであつた被告と偶然に街で出会つたこと。
(2) 原告と被告は、互いに現在やつている事業について話しをしたことから、本件各特許権の実施品であるピーナツ・パウダーの取引の話しに発展し、原告が代表者をしているテキサス・ピーナ・コーポレイシヨンを売主、被告が代表者をしている貿易商社トーエイ・コーポレイシヨン(有限会社東英物産)を買主として、昭和52年7月25日には150トンの全脂ピーナツ粉末の売買契約を、同月26日には150トンの低脂肪ピーナツ粉末の売買契約をそれぞれ締結するに至つたこと。
(3) 右各契約を締結するに至る迄の間に、被告は、原告が所持していたピーナツ・パウダーのサンプルを製造したという米国のデハイドレーシヨン・システム社にテレツクスを打つて右製造の事実を確認したりしており、原告自身が、又は原告が代表者をしているテキサス・ピーナ・コーポレイシヨン自身がピーナツ・パウダーを製造しているわけではなく、また、原告の指導による本格的な生産活動が現に行われているわけでないことを熟知していたこと。
(4) 前記(2)の各契約においては、いずれもテキサス・ピーナ・コーポレイシヨンにおいて、先発見本として2キログラム、テスト用として10トンの全脂ピーナツ粉末及び低脂肪ピーナツ粉末をトーエイ・コーポレイシヨンに納入すること、同社は右各10トン分の信用状を開設すること、150トンの右各ピーナツ粉末の納期は、いずれも買主の品質検査書と確認書受取り後45~60日以内、支払条件は即時払の信用状による、という契約の骨子については決められていたものの、具体的な契約履行の段取りや10トンの右各ピーナツ粉末の納期や信用状の開設時期、150トンの右各ピーナツ粉末の具体的な納入見込時期などについては、必ずしも明確な取り決めがなされていたものとはいえないこと。
(5) 原告と被告は、昭和52年7月30日に本体契約を締結したわけであるが、その際、原告は、少なくとも本件契約書3通、本件各特許権の一部移転登録申請書9通(各特許権ごとに3通ずつ3組)、登録申請についての委任状数通に「栃長晃弘」という丸印を被告をして押印させ、本件契約書1通と本件各特許権の一部移転登録申請書1組(3通)を被告から受取り、他は被告が所持していたこと
(6) 原告が受取つた一部移転登録申請書の1通(乙第17号証の1)の裏面に「1実行出来ない場合は無効にする」「2本契約は必ず実行し、そのため1977年8月30日以前に米国に着き実行する。その実行の段取のため8月15日頃米国に着く」との記載と「1」の前記文章の末尾付近に被告の欧文の署名があるが、右文章と被告の署名は、原告の要求に応じて被告が書き込み、かつ署名したものであること、また、被告が所持していた一部移転登録申請書の1通(乙第2号証の1)の裏面にも「1本契約は必ず実行し、そのため1977年8月30日以前に米国に着き実行する。その実行の段取のため8月15日頃米国に着く」「1977年8月8日入国→1977年8月29日帰る」との記載があり、右文章の下に何らかの文章と被告の欧文の署名らしきものがあること。
(7) 原告は、昭和52年8月6日に、原告が受取つていた前記各書面を被告に返還し、被告はこれを受領していること。
(8) 本件契約書の第4項には「尚当事業のため乙は甲に日本円で3,000万円出資した」との記載があり、右条項は原告の要求により加えられたものであるが、乙すなわち被告が、甲すなわち原告に対して、本件契約を締結する以前に3,000万円を支払つた事実はなく、また昭和52年8月6日迄の間にもそうした事実はなかつたこと(なお、右金員が支払われていないことは当事者間に争いがない。)
(9) 原告と被告は、昭和52年8月8日に日本を立つて米国に行き、同月27日に、原告、被告が代表者をしているトーエイ・コーポレイシヨン、原告が所持していたピーナツ・パウダーの見本を作つたデハイドレーシヨン・システム社と係わりのあるマイナーズベーカー・インコーポレイテツドの3者で、次のような契約を締結したこと。
記
① 原告は、マイナーズベーカー・インコーポレイテツドにピーナツ・パウダーの製造法の技術を提供し、同社は、製品の販売高の5パーセントを原告に支払う。
② トーエイ・コーポレイシヨンは、マイナーズベーカー・インコーポレイテツドよりピーナツ・パウダーを毎月継続して年間300トンを購入する。
③ トーエイ・コーポレイシヨンは、右ピーナツ・パウダーの見本20トンを購入するため、直ちに2万3,100ドルの信用状を開設する。
(10) 被告は、昭和52年8月29日に帰国していること。
(11) 訴外弁理士秋田志津満は、昭和52年8月9日に本件各特許権の一部移転登録申請手続をなしたが、被告の外国人登録済証明書の不備ということで却下されたため、同年9月30日に再度右申請手続をしたが、本件各特許権の登録名義人が、1件は「金昇永」、他の2件は「松長晃弘」となつているのに、3件とも金昇永を名義人とする申請書及び委任状を作成して提出したため再び却下され、同年11月10日に3度目の申請手続をなしたこと。
(12) 一部移転登録申請書(甲第5号証の1)及び委任状(同号証の3)に押印されている「金昇永」の印影は、昭和52年7月30日以降同年8月8日に米国に出発する迄の間に、被告が原告の了承を得ることなく作らせた「金昇永」の印鑑により、前記弁理士の事務所において、前記弁理士が押印して顕出されたものであつて、他の一部移転登録申請書(乙第2号証の1ないし3)、契約書(乙第1号証の1ないし3)の「金昇永」の印影も同時に顕出されたもとと推認し得ること。
が認められ、前掲証拠中右認定に反する部分は直ちに採用し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
(2) 前記(1)、(5)ないし(8)、(12)記載の事実によれば、原告が被告から受取つた一部移転登録申請書(乙第17号証の1)の裏面に記載された「1実行出来ない場合は無効にする」との文言及び被告の署名は、被告が本件各特許権の各2分の1を取得する対価として原告に3,000万円の支払いができない場合は本件契約を無効とする、との趣旨で記入、署名したものと解せられるのであつて、右事実に前記(7)、(8)、(12)記載の事実を合わせ斟酌すれば、原告及び被告間において、昭和52年8月6日に本件契約を解除する旨の合意がなされたものと認められるのである。
(3) 被告は、本件契約書第4項の3,000万円については、本件契約締結時より10年前に支払う旨の合意が原被告間にあらかじめなされており、右合意に基づいて、昭和52年8月8日の昼頃に右趣旨の覚書を作成しているのであつて、本件契約を合意解除するはずはない旨主張し、右覚書を乙第3号証として提出した。また、被告本人尋問の結果中には、被告の右主張に添う供述部分が存するほか、被告は、原告の目の前で、原告の了承を得て作つた「金昇永」という印鑑を用いて右覚書に押印した旨の供述部分が存する。
しかしながら、原告及び被告本人の各尋問の結果によると、右覚書の記載中「Akihiro Matunaga」という欧文の署名は原告がなしたものであるが、その余の部分、すなわち内容に関する文章、金昇永及び松長晃弘の各署名は全て被告が記載したものであること、原告は、被告が作つた「金昇永」という印鑑を所持したことはないことが認められるだけでなく、その記載から、何故、原告は右書面の左下端に小さな欧文の署名をし、かつ自己の「松長」という印を押さずに、被告をして「金昇永」という印を押させたのか、また、被告は、原告の署名の上に「金昇永」「松長晃弘」という署名をしたのか、という疑問が生ずるとともに、右覚書の内容も原告にとつては不利な、被告にとつては有利なものとなつていること、更には前記(1)(11)、(12)の事実に照らし、被告が昭和52年8月8日の昼頃に、本件一部移転登録申請手続に要する「金昇永」の印鑑を所持していること自体不自然であること等の事実からすれば、右覚書が原告の意思に基づいて、被告主張の日時に作成されたとすることは極めて疑わしく、したがつて、真正に作成されたものとは認められず、また被告本人尋問の結果中の前記供述部分も措信し難い。
また、原告と被告は、昭和52年8月8日に共に米国迄出掛けているわけであるが、このことは、前記(1)(2)ないし(4)、(6)、(9)の事実からすれば、昭和52年7月25日、26日に締結した、原告が代表者をしているテキサス・ビーナ・コーポレイシヨンと被告が代表者をしているトーエイ・コーポレイシヨンとのピーナツ・パウダーの取引に関する合意を具体的に実行するための段取りをつけるため、と解せられるのであつて、右渡米の事実をもつて、直ちに、前記認定、すなわち渡米前である昭和52年8月6日に本件契約について合意解除がなされたとする認定を左右することはできず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
以上によれば、原告の再抗弁2(合意解除の主張)は理由があることとなる。
4 よつて、本訴請求は理由があるのでこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第89条の規定を適用して、主文のとおり判決する。
(野崎悦宏 川島貴志郎 設楽隆一)
<以下省略>